昭和52年6月22日 朝の御理解


御理解第94節
「信者に不同の扱いをすな。物を余計に持って来ると、それを大切にするようなことではならぬ。信心の篤いのが真の信者じゃ。」


信心の篤いのが真の信者。真の信者というのは、一切をおかげに、おかげと頂いていく、プラスしていく生き方、そういう生き方を身に付けていくのが、真の信者。ね。
おかげを頂いても頂いても、おかげをおかげと感じきらない。ちょっと困ったことでもあると、それは「これほど信心するのに」と思う。との全ての事に、本当に篤うお礼を申し上げねばならないことにでも、不足がましく、もう、本当に、えぇ、おかげの頂いていけれる、力の、力の頂いていけれることを全部マイナスにしていく。
ここに「信者に不同の扱いをすな」と、「物を余計に持って来ると、それを大切にするようなことではならぬ」と、まあこれは取次ぎ者に対するものだと思います。ね。
ここで私は思いますのに、どんなことでもおかげおかげと頂いていく人は、先生からは粗末に扱われるような感じがします。おかげと頂きえずの人が先生から大事にされるように思います。ね。言うなら、辛抱強い人は、には先生が、まあわざわざ粗末にということじゃないけれども、もうただ当たり前に扱う、けれども辛抱力の無い人には、ね、ある意味合いでは褒めたり煽てたりしないと、中々辛抱が続かない。私は今日はここんところでね、「信者に不同の扱いをすな」と、ということを、私は、それとは反対の意味で不同の扱いをしておるように思います。
おかげをおかげと感じきらない人、またはどういうことでも、おかげをおかげと頂いていく人、そういう人は、必ず神様が力を与えて下さり、必ずおかげを下さる。十人十色で様々な人があります。ね。ならおだっ、特別に煽てるというようなことではないですけれども、ね、やはり、あまっ、甘やかされておると言うですかね、でなからなければ、信心になっていかない人がある。
昨日ある親子がお参りをしてきて、大変な、まあ私に言わすれば大変なおかげを頂いておるわけです。それにここへ来てから言われることが、「やっとかっとおかげを頂きました」っち、もう二の句の継ぎようが無かった。とにかく頂いておるおかげを、何か本当に頂き足らんように思うたり、ね、神様がもうやっとかっと、ね、神様に力のないような言い方をする。ね。本当に広大な、どんなに考えても広大なおかげを頂いておるのに対しても、広大なおかげとそれを感じ取りきらない。おかげを頂いて返ってマイナスになるという感じ。ね。
昨日、えぇ、末永先生から、高松さん宛の手紙を見せて頂いた、本当に、おかげを頂いております。ビリグイの町から2時間ばかりかかる所らへんに、天理教の南米本部があるそうです。そこにある用があって、行かねばならないことでまいりましたら、でまあ色々、えぇまあ最近こちらに布教に来たことをお話させて頂いて、聞かせて頂いた話だそうですけれども、その天理教の南米本部というのは、布教に出られて50、まる50年になられる、ところが、ね、ブラジル人の人、現地の人がお参りをして来るということはまだかつてない、末永先生の色々聞かれっ、の話をもし聞かれたら、まあびっくりされただろうとこう思うです。ちょうど、あぁ、40日目ぐらいの時、時に書いておる手紙です。まだ見も知らないブラジルに、行って、それで40日目ぐらいで、ね、本当にこの神様は、白も無からなければ黒も無い、黄なも無い、いわゆる人種の事を言ってるわけです、ね。
先日PL教の信心を10年間ほどした人が、おかげを頂ききらない、これはあの、PL教の先生をしておったという、あれとはまた違うんです。お父さんが病気のために一家を揚げて一生懸命信心したけれども、おかげを頂ききらんというので、お願いに来た。そのあくる日から、験が見え出した。もう家族を揚げて毎晩の御祈念にお参りをして来ると言うております。本当に親先生の祈りが、ね、世界の隅々まで行き渡っておる証拠に、今ビリグイ教会では、もうそれこそ白も無からなければ黒も無い、もうそれこそ、あらゆる人種の人達がおかげを頂いて、それが一同に参拝をしておる時などは、本当に世界の、言うならば各国々の代表が集まっとる感があると言うのです。ね。
親先生の祈りがこのように徹底しておりますから、お互いは、ね、もうどこであろうが、ね、布教に出らせて頂いたが最後、そこで散る覚悟が要ります。という風に、高松順子さんに書いとる手紙ですから、そんな風に書いております。ね。
まあそこでです、普通うんなら、ああいう、なら、そういうご比例を、まあ南米の地に輝かさして頂く、まあ、ね、それこそ、50年間も布教して、まだ現地の人を相手と、やっぱり小さいそこも街だそうですが、やはり日本人達が対象であるというのです。
世界総氏子身の上安全、世界真の平和を本当に祈らせて頂いておる祈りが、そのような形で現れておる。そういう、言うならばおかげ、私は本当に思うんですけれどもね、合楽にも、まあ、あぁ、それこそ種を撒かれたと言うか、合楽事業団というのが誕生しました。いやこりゃ事業団のことではありません、合楽で御縁を頂いて、10年20年と長い信心を続けておられる方達の上にです、それこそ商売をするなら商売の上に、百姓をするなら百姓の上に、もうそれこそ皆が目を見張るような、まあ末永先生が南米で頂いておるようなおかげを頂き現して頂きたいと、最近切に思わずにはおられません、ね。例えばなら、合楽事業団というのが出けた、もう1から10までが信心を基にしての、言うならば信心を基にしての、それが事業団であるとするならばです、ね、私は、いわゆるビリグイ教会に現れておるような、凄まじいおかげが現れると私は思います。事業団だけのことではありません、銘々の上にもです、同じおかげが頂けれるはずです。そこでなら末永先生がここで10年間修行をさせて頂きました。ね、私がね、まあ言うならば、どれだけ、あの人を、言うならば、大事にしたかと言うと、一っつも大事にしておりません、いつも、もう末永先生どん夫婦に対しては、いつも冷淡なような、それこそいつも冷たい眼差しで見とるという感じです。特別扱いをしません。ね。
それは、彼が例えば辛抱強いという、言わば、そこを見込んでの事、ね。だからお互いの信心もです、本当に神様、言うならば、ね、機嫌を取られるような信心では駄目、ね。最後に、「信心の篤いのが真の信者じゃ。」と。どういう冷淡に例えばそれが扱われても、ね、それを全部信心のプラスにしていく人、そういう信心者を私は、篤信の信者、ね、信心が篤い、というのはそういう人を言うのだと私は思います。ね。
なら、信心の、篤くない信者、言うなら「真の信心じゃ」ではない信者。ね、それでもやはりおかげをやりたい、それもでやはりお取次ぎの働きを受けて、ね、願いが成就することを、取次者は願う。それこそ誰が考えても、広大なおかげと思うおかげを頂いておっても、ね、やっとかっと頂いたっちうごたる頂き方、ね。そういう生き方では神様の働きを充分に受けることも出来ませんが、充分に現すことも勿論出来ません。ね。
信心というのはね、それこそ、いわゆる、「あれもおかげであったこれもおかげであったと分かるようになると真の信者」と仰るが、ここでも「信心の篤いのが真の信者じゃ。」という言葉を使っておられますが、なら真の信者とは、信心が手厚いというのは、ただ一生懸命お参りが出来るとか、御用が出来るとかということではない、勿論それもそうせずにはおれなくなってくるのが、信心が篤うなってくるわけですけれども、そういうおかげの頂けれるようになるためには、それこそ、自分な不同の扱いを受けておるのだろうかと思うような時に、それを有難く頂いていけれる信心を身に付けてこそ、ね、はじめて、篤信、はじめて真の信者としての取り扱いを受けることが出来るのです。
もう本当にあの、おかげをおかげと頂ききらない人は、本当につまりません。おかげをおかげで頂けれる人は、もうそれが全部プラスになっていくんです。ね。
本当にまあそれを申しますと、合楽理念をいよいよ、まあマスターさしてもろうて、ね、どこから引っ張って来ても、合楽理念を持ってその御用が出けておるという生き方をいよいよ身に付けさしてもらうと、必ず答えは有難いという答えしか出らんごつなっとる。ね。
日々の生活の中に起きて来る全てを、自分の力を頂く、おかげを頂くために、プラスになるような生き方をさしてもらう、そういう、私は腹を決めた時に、ね、言うなら南米の地に、そうした、今までかつて聞いたこともない、前代未聞と言われるような、御ヒレイが輝き始めておるように、ね、合楽で御縁を頂いた一人が、合楽理念を基にして、本気で信心の修行をさして頂くなら、一人ひとりの上に、それこそ、目を見張るような働きは起こって来なければならない、ね、起こって来ないところを見ると、まぁだ、ね、先生から不同の扱いを受けておる人達ばっかりじゃなかろうかと、不同の扱いとは、私は、皆、言うなら先生から、ね、良い顔をしてもらわにゃならん、先生から煽ててもらわにゃならん、ね、先生から、言うならば、冷たい態度を受けられる人がいないということにも、なりますですね。と言う程しにお互いの信心が幼稚だということです。私が、ちょっと都合よう言うと、信心がシャ~ンとしてくる人があるです。そして私が冷たく当たると、もう途端に信心がグズグズする人があるです。もう本当に実を言うたら悲しい事ですね。けれども、今の合楽の信者、信奉者は皆その程度のところじゃなかろうかと、先ずは思わなきゃいけないですね。うんなら修行生の中でもやっぱりそうです。ね。私はそれを昨日の、末永先生が手紙を見せて頂いてから、ね、なるほど合楽教会で10年間修行さして頂いておる内に、ね、段々おかげを頂いて、身を固めることも出けた、ね、そして、合楽で、ね、まあ言うなら一家を成すというわけでもないですけれども、一部屋を別に頂いて、そしてなら、子供、私がここで先生方の、もうささやか、少~しばかりの給料があるんです、それを私あの、子供、いわゆる、静行、それから、信太郎、達も大人の先生達と同じ金額を、を、あの引きをするんですここでは、ね。ですから、そういう意味合いで、まあ不同のない扱いを、まあさせて頂いて来たわけですけれども、そして、ならもう、それこそ衣食住に何の不自由も憂いもない、だから如何に私が特別な扱いをしたごたるけども、それは自分自身がそういうおかげの受けられる基をいつも創ることに一生懸命だったということですね。もうあの人も頑張っとるけん、(?)持たしてあげなこてと、さあなら、あぁ、さあ御修行するっちいうなら、ああもしてやらなんこうもしてやらなんっていうような、特別な心を遣わんなりに、あの結婚式でも、ね、子供が産まれるたんべんのことでも、もう一事が万事に、ね、本当に家族以上のおかげを受けられる内容をあの人は持っておったということです。ね。ですからね、そういうおかげの受けられる信心が10年続いたんですから、おかげは頂くはずです。そして一番、例えばどういうことになりましょうかね、私が言うておることを、なら金光大神の言われることを、私が実証していくことによって、金光大神の、ならば、あぁ、お喜びを頂けれる、金光大神の良い子にお取立て頂いていくように、なら末永先生が、私が言うておることを実証していっておるように、ね、そのことによって、なら、私の一番の親孝行な、言うならば弟子であったということになるわけです。これはだから、皆の、一人ひとりの弟子が、一人ひとりの信者が、ね、そういうおかげを頂いた時に、親先生の言われることをそのままに、本当に家業の上に表し得た時に、ね、本当の親孝行が出けたということじゃなかろうか。
まあ今日の御理解から申しますと、皆さんは不同の扱いを、受けておられる方達ばかり、私は今日は、不同の扱いということをね、可愛がったり可愛がらなかったりというのじゃなくて、ね、むしろならあの、可愛がられておる信者さんばかりじゃなかろうかということです。ね。「先生がああ言うた」と言うて信心を落とす人がある、ね、「先生がああ言うた」と言うて、そこから信心の勢いがでるような、信心を一つ身に付けたいもんですね。どうぞ。